宇宙の歩き方

The Astrogators' Guide to the Charted Space.

宙域散歩(5) 『Pirates of Drinax』特集1 ドリナックス王国

 先日半年ぶりに第2話が公開された、マングース社が現在展開しているキャンペーンシナリオ『Pirates of Drinax』。リメイク版『Secrets of the Ancients』と同じく無料で公開されるという太っ腹ぶりなのですが(※追記:現在は共に公開終了)、それ以上に、このシナリオは前代未聞の海賊キャンペーンシナリオだということです。
 過去のトラベラーのシナリオにおける海賊といえば、『トラベラー・アドベンチャー』のヴァルグル海賊団クフォルゼンや、『ハードタイムズ』キャンペーンの暗黒のインドロ、あとDGPの未訳シナリオ『The Flaming Eye』(ちなみにヴィラニ語で「燃える瞳」というのは、ソロマニ風に言えば「ドクロのマーク」、つまり海賊の代名詞です)でもそうですが、プレイヤーの敵役として出てくるものであって、自ら海賊になるというのはかなりの異色作です。その異色さゆえか、人気も上々のようです。

 そこで今回と次回は、スピンワード・マーチ宙域を飛び出して、『Pirates of Drinax』の舞台となるアウトリム・ヴォイド(Outrim Void)の解説を行おうと思います。アウトリム・ヴォイドについては次回に回して、今回は物語の起点とプレイヤーたちの母港となるドリナックス星系について語ります。


 ドリナックス王国(Kingdom of Drinax)は、トロージャン・リーチ宙域のトライオワハ星域(Tlaiowaha subsector)にある、小さな国家です。
 トライオワハはもちろんアスランの付けた名前ですが、古い星図にはこの地域は「ドリナックス星域」と記されています。かつてのドリナックス王国は、人類の支配(第二帝国)時代のソロマニ人移民によって偉大な作家たちの名を付けられた星々、バンクス(現在のアスラン領クサイ)、ストロス(同じくクテイロア)、アシム、パーネ、ヒルファー、パール、トーポル、クラーク、ブルー、を中心として、星域を越えて30もの星系を治めていました。

 そして彼らは自らをこうとも称しています。『シンダル星龍帝国の継承者(Star Dragon Empire of Sindal in Exile)』、と。

 そのシンダル帝国は帝国暦-2074年に建国され、600年間に渡ってこの宙域を支配しました。しかし最後の200年は、内部の不和、反乱、そして家臣への残忍な懲罰的攻撃によって領土は引き裂かれていきました。そして現在のノリクム星系にあった玉座が爆撃を受けた-1441年、シンダル帝国は滅亡しました。
 旧帝国の諸侯たちは、自分こそが皇帝または王だと名乗りを上げました。ドリナックス王国はこれらの僭称者の中で最も長く続いている国です。-1400年代から902年まで、ドリナックス王国は自分の領土を治め、隷属した世界を侵入者や海賊から守りました。
 長い支配の間、王は賢く、人々からよく愛されました。ドリナックス星系は富み栄え、危険で野蛮な宙域の中で文化とテクノロジーのオアシスとなりました。ドリナックスの『浮遊宮殿(Floating Palace)』は美と芸術の砦であり、銀河の中でも驚きの建造物でした。
 しかし700年頃、"執念深き"グラコ9世(Glaco IX)が恐怖政治を行い、古のシンダルの戦術に倣って反乱星系を爆撃した頃から衰退が始まります。支配下の星系は次々と王の下から離反していきました。さらに王国は、宙域に進出してきたアスランの脅威を甘く見ていました。
 やがて問題は884年に頂点に達しました。この頃、王国は第三帝国とアスラン領の間の通商ルート上に位置していました。そこで時の国王オレブ14世(Oleb XIV)は強欲になり、通行料に関税、さらに賄賂まで要求しました。
 激怒したアスランの報復は素早いものでした。ドリナックスもシンダルの後継者として、同じ道を辿ったのです。
 アスランは、軌道上からドリナックスを爆撃しました。

 惑星ドリナックスは死の世界となりました。かつての肥沃な大草原は砂漠になり、歴代の王が狩りを楽しんだ森は消え、生命が死に絶えるほど沸騰させられた海は赤い藻を繁殖させました。
 ドリナックスの大地から人々の暮らしが消え去りました。

 しかし、大地の「上」には暮らしています。

 アスランの攻撃は都市と田園地帯を吹き飛ばしましたが、有名な『浮遊宮殿』 ―― 金色の反重力プラットフォーム、美麗な宮殿、優雅な塔 ―― を傷付けませんでした。彼らは何百万人もの民衆を皆殺しにはしましたが、浮遊宮殿の貴族、家臣、使用人、太鼓持ちには被害が及びませんでした。
 侵略を生き延びたわずかな人々は、新たな環境に適応しなくてはなりませんでした。宙域の中でも最も美しいとうたわれた空中庭園は、100の世界から集められた花々を抜き取って、水耕栽培ハウスに変わりました。今まで働くことを知らなかった貴族の手には、工具が持たれました。
 浮遊宮殿の人々はなんとか生き残りました。侵略の直前に、王は学者たちに最高の科学者と機材を「学究者の塔(Scholar's Tower)」に移すよう(たまたま)命令していたので、彼らはTL15の科学知識を保持することができました(しかしそれを利用するための鉱物資源が不足しています)。

 現在の国王、オレブ16世は精力的な人物です。年齢は110歳となりましたが、抗老化剤の効果で50代半ばの外見と、それ以上に青春時代さながらの活力を保っています。もっとも、自ら「ガスジャイアントだ」と言う腹回りによって、彼は大空を舞う際には反重力ベルトを3本も必要としますが。
 王は世が世ならスター・ガード(※シンダル帝国の宇宙海軍)を率いて星々の彼方へ戦いに赴いたでしょう。しかし実際には、彼は廃れた世界とぼろぼろの宮殿を支配しています。
 王は、度の強いワインと、ワインと同じ色をした赤髪の女と、栄誉ある戦いを愛します。周囲に怒鳴り散らす面もありますが、彼は明敏で賢い統治者でもあります。
 王はずっと、王国をかつての繁栄の時代に戻すという望みを抱き続けていました。
 それに必要なのは、一隻の高性能な船です。


◆浮遊宮殿 Floating Palace
 浮遊宮殿には、かつてドリナックスの下にあった30の星々の、50世代に及ぶ、彫刻絵画から分子生物学や天文学に至るまで、あらゆる天才たちが作り上げた様々な2万作品もの傑作が詰め込まれています。もっともその名の上に、シンダル帝国やジル・シルカ(第一帝国)の星々から略奪した、と付く物もありますが。
 オニキスの床には人工ダイヤモンドで星域図が形作られ、それを隠されたレーザー光線が実際の星の色と同じように輝かせ、既知宙域の向こうから多額の費用で輸入された12体のハイヴ調の彫刻が並び、遺伝子工場製の琥珀植物で作られた本棚からはシンダル時代の女流詩人シン・ザ・ゾハの初版詩集がこぼれ落ち、アーチ状の天井には7つの栄えある功徳と9つの神々しい徳目、そして8つのドリナックスの季節を表したホログラムが動いています。
 浮遊宮殿は滑稽なほどに過密です。あらゆる舞踏場と宴会場には住民が住み着き、子供たちは芸術作品と技術工芸品の間で遊びます。民衆は星域で最も素晴らしい収蔵品の中で、金色の像の間に物干し糸を這わせ、毛布代わりに古代のタペストリーを使うなどして「間に合わせ」ています。
 アスランがドリナックスを破壊し、生存者が浮遊宮殿に押し寄せた時、貴族と民衆の断絶は一晩で消えました。そして当時2万人いた避難民には、均一に「肩書き」が分配されました。200年後の今では4万人にまで増えた「雑種」の住民は、それぞれ少なくとも一つの肩書きを受け継いでいます。これらの肩書きは日常では使われませんが、ドリナックス社会は形式と儀式にきつく執着する傾向があるので、浮遊宮殿内のあらゆる配管工と水耕栽培農民をすぐさま選出することは可能です。

 都市並みの大きさである浮遊宮殿では、果てしない迷路の廊下、途方もなく大きい部屋、螺旋状の塔などにより、道に迷うことは容易です。
 宮殿はあらゆる面で素晴らしい物と不合理な物が混ざり合っています。よくある例としては、浴室は全てシマリング・シルバーで出来ていて、壁には微重力発生器で彫刻された妖精(ニンフ)とイルカの形をした精巧な噴水孔が取り付けられ、溺れるのに十分な大きさの浴槽があり、入浴の際に歌が流れだす……にもかかわらず、浮遊宮殿には惑星から水が流れ込まないので、住民は貯水槽と(飾り物の)湖を満たすために雨水を集めなければなりません。同様に、浮遊宮殿の住民は皆、夜会服や糊の利いた軍服や華やかな宝石は持っているのに、宇宙服や作業用のツナギ(engineering overalls)は持っていないのです。

 浮遊宮殿には、主に以下のような施設があります。

龍の玉座 Dragon Throne
 滅亡前のシンダル帝国主星のノリクムから略奪された(と伝説は記している)龍の玉座は、帝国のイリディウム玉座よりも古いものです。龍の玉座は、スター・ガードがこの3000年の間に撃破し、捕らえた宇宙船の船殻の断片から作られます。様々な船が金属のスクラップとして玉座に組み込まれていくうちに、玉座はドラゴンの骸骨のような醜い化け物になりました。
 もっとも、オレブ王は正式な儀礼の際に引きずり出してくるだけで、普段はより座り心地のいい反重力カウチを好みます。

謁見の間 Throne Room
 古い謁見の間は納屋に変わってしまったので、現在のオレブ王の謁見の間は非常に小さなものです。プラチナの壁には先祖の功績がレーザーで掘り込んであり、廷臣たちのために長く低い椅子が両側に置かれています。
 宮殿内の誰もが自分が貴族の血筋であると主張できるため、王の廷臣や顧問は家柄ではなく、知識と見識があるかどうかで選ばれています。

学究者の塔 Scholar's Tower
 ドリナックスは全くの偶然に高水準のテクノロジーを維持できました。最高の研究者と惑星の科学全集の複製品は、アスランの攻撃のほんの少し前に宮殿に移されていました。もちろんその後200年は人口が少ないこともあって、学者たちは新たな発見はできませんでしたが、それでも彼らは古の知識を守っています。
 塔はこの星域での最高の研究機関でもあります。学生はここで学ぶために星を渡ってやって来ます。そして彼らの学費は王国の収入源の一つでもあります。

ラシャンドのバザール Rachando's Bazaar
 王の次に浮遊宮殿で力を持つのは、貴族の血を引かない数少ない人物です。ベオウルフ級自由貿易商船「インビシブル・ハンド」で、5年前に浮遊宮殿にやって来た商人ラシャンドは、ハイテク小物や芸術品や遺物を外世界に売って、必要不可欠な物品を輸入しています。
 王はラシャンドに宝を売ることを惜しんではいますが、背に腹は代えられません。ラシャンドが取引をするたびに、ドリナックスの脆い未来は守られ、代わりにかつての栄光が減らされるのです。

宇宙港 Starport
 アスランはドリナックスの元々の宇宙港を破壊しましたが、残された国王私有の宇宙港はほぼAクラスと言えるものです。造船所こそありませんが、船の修理をすることはでき、乗組員と船のためのとてつもなく豪華な設備を備えています。

アンダリンス Underlinth
 アンダリンス(※UnderとLabyrinthの合成語のような気がします)は浮遊宮殿を支える、接続通路や排水管や抜け穴からなる複雑で巨大なプラットフォームです。そこは諜報員や密輸業者(とその共謀者)が用いる、宮殿の影の部分です。

重力地下牢 Gravity Dungeons
 地下牢はプラットフォームの下側にあります。巨大な反重力発生機が宮殿を地面から上に浮き上がらせる力は、その内部に高重力区画を作り上げています。重力地下牢の中で囚人は、3倍以上の重力下に置かれます。反重力発生機により近い場所ではより激しく、最も深い場所では骨を砕くほどの20Gにまで達します。


◆焦土の世界ドリナックス Drinax 2223 A33645C-F 高技 非工 G Na
 浮遊宮殿の下は、不毛の大地です。
 アスランは宇宙空間から惑星に多くの隕石を落としました。塵の雲は空を覆い、そして惑星全体を長期間冬としました。主要な人口密集地はプラズマ火器と生物兵器で破壊され、数百万人が侵略者の爪にたおれました。
 200年が過ぎ、惑星はゆっくりと回復しています。植物の芽吹きが隕石衝突の傷跡を覆い、旧時代の灰の中から新しい森が成長しています。千年後には、惑星は以前のような活力を取り戻すでしょう。
 しかし、アスランの生物兵器の胞子がいまだに都市の廃墟で眠っているので、地表は人間の活動にとって決して安全とは言い切れません。

◆ヴェスペクサーズ Vespexers
 ヴェスペクサーズ(夕暮の部族)は、ドリナックスの地表に住んでいる人類の部族です。ほとんどは生存者の子孫で、残りは浮遊宮殿からの亡命者です。
 ヴェスペクサーズは、主に狩りをして集団生活をしていますが、安全な谷間に農場も持っています。彼らは自身をドリナックスの危険から保護するために、浮遊宮殿の職人によって作られる環境防護スーツを着ています。浮遊宮殿は彼らと、防護服や他の製品を、食料や原料と交換しています。
 ヴェスペクサーズは厳密にはドリナックス王の臣民ですが、部族以外の法には従いません。


◆隷属世界アシム Asim 2123 B867564-6 農業 肥沃 非工 G Na
 アシムは人口50万人の、TL6の非工業世界です。惑星は学問的に非常に地球に似ていて、ほぼ同一の質量、よく似た気温と大気組成、類似の陸海比率を持ちますが、アシムには肥沃な世界らしい活気が欠けています。
 惑星表面は圧倒的に茶色をしています。この星の葉緑素成分は茶色がかっているので、アシムでは茶色の土から茶色の平原と茶色の森が成長します。
 アシムの旧政府は「財団(Foundation)」と呼ばれていて、都市の長老と賢人によって集会が行われていました。かつて財団は、技術基盤も鉱物の蓄えもない人里離れたアシムが、千年計画で帝国を支配するほどになるという(酷評ものの)計画があると主張していました。200年もの間、アシムの民は財団の壮大な(だけの)設計図を実現させるために精を出して働きました。そして、こんな賢人たちに政権を任せること自体が詐欺であったことに、決して思い至りませんでした。

 20年前、ドリナックスの水耕栽培ハウスが壊滅的な被害を被り、収穫が失われました。
 オレブ王は飢餓を避けるために、アシムの農民から食料を分けてもらおうと数隻の小さな宇宙船を送りましたが、アシムの財団が協力を拒否したことで、王は力ずくで惑星を奪うよう、怒って命令しました。
 アシム人はドリナックス軍の数千倍多かったのですが、彼らは技術面で完全に劣っていました。ライフルとロケット砲では、プラズマライフルとフュージョンガンにはかないませんでした。
 現在、アシムはドリナックス唯一の隷属的な世界です。農民は財団に十分の一税(tithe)を払っていた代わりに、毎年一回ドリナックスから訪れる穀物輸送船に十分の一税を支払っています。


◆スター・ガード Star Guard
 ワックス卿(Lord Wrax)に率いられているドリナックス王国の宇宙海軍は、かつてのシンダル帝国のものと同じ名を持っています。
 しかし、現代のスター・ガードは技術的優位はあるもののわずかな艦船しかなく、それも400トン以下のものばかりで、さらにジャンプドライブを持っているのは100トン偵察艦のみです。


(ちなみに星系名になった「作家たち」ですが、イアン・M・バンクスチャールズ・ストロスアイザック・アシモフジェリー・パーネルフィリップ・ホセ・ファーマーフレデリック・ポールアーサー・C・クラークだと思います。トーポルとブルーは関係無いようです)