
「開拓者は未開の荒野で生計を立て、勇敢な貿易商人は辺境で商売する。とは言うものの、宇宙港は良くも悪くも人と人が触れ合う場所であることに変わりはない。6週間、誰とも会わなかった事がある。その時、ある男が錆びついたボロ貨物船でやってきて燃料を買い、何かの動物の毛皮と怪しげな異星の文献を売ろうとし、そして足を引きずりながら帰っていった。そいつの隣りにいた奴は少し風変わりだった――何と言うか、普通だったんだ」
――辺境港の二等整備士、ジム・ドゥガン
「宇宙港への旅」は、見知らぬ人々との出会い、異星の品々の売買、そして新たな冒険に巻き込まれる機会でもあります。宇宙港の利用者は、普段なら決して接点がないような平凡な日常の枠を超えた特別な人々です。もちろん、ほとんどの人はただの利用客に過ぎませんが、中には常人が経験できないようなことを見たり聞いたりしてきた人たちもいます。貴族、官僚、芸能人、写真家、帰還兵、新婚夫婦、逃亡者、諜報員…等々。彼らには語られるべき物語があり、明かされるべき秘密があり、実現すべき夢があります。そういった人々と同じ時を過ごせるのが宇宙港の特性です。
更に、宇宙港での日常には大小様々な事件がつきものです。多くの場合、港の内部では地元よりも多くの物事が起きていますし、新開発の技術産品、知られざる生物、神秘的な宝物といった物が宇宙港に流れ込んできています。港内では陰謀が練られ、犯罪が捜査され、探検が企図され、個人では到底解明しきれないほどです。実際、宇宙港内をうろうろしていれば面白いことが起こるのは時間の問題です。もちろん「面白い」にはかなりの幅があって、そのどれもが安全というわけでもありません。しかし、冒険をしたくないのなら、なぜ「旅人(トラベラー)」になったのですか?
■地元対策
「地元対策」というと、宇宙港と地元政府との関係のみを指すと思われがちですが、そうではありません。港長は地元住民の懸念にも向き合わなくてはなりません。多くの場合は騒音や公害への苦情に耳を傾け、地元企業や労働組合の代表との折衝を行います。宇宙港があること自体は帝国にとっても星系経済にとっても良いことですが、(真実でも妄想でも)不満を持つ人は必ずいます。当然ながら、連絡室は港長や広報課、その他の適切な部署と連携して、こうした懸念の多くを処理します。このような問題はしばしば頭痛の種となり、多くの事務処理を必要としますが、一般的に宇宙港運営を脅かすことはありません。とはいえ、港長を生き地獄に落とす個人や集団はいくらでもいて、こういった連中の多くは地元住民からも支持されていませんが、それでも彼らやその主張を簡単に無視するわけにもいきません。宇宙港は必然的に誰かには迷惑をかける存在ですが、迷惑を受けた人が逆に港や他人の迷惑にならないようにするのが港長と連絡室の仕事なのです。
広大な敷地に多くの人々が行き交い、様々な物質が保管されている地上港が、色々な意味で汚染源となることは否めません。人にも環境にも安全な港にするためにあらゆる努力が払われていますが、間違える可能性は常にあります。野生動物の生息地が破壊されたり、貴重な水源が枯れたり、飛行生物が宇宙船の離着陸で悪影響を受けたりすることもあります。他にも燃料や危険物質の流出で、周辺の環境はおろか住民に危険をもたらす可能性もあります。
そのため、宇宙港はこれら潜在的脅威を危惧する団体に責められることがあります。そういった団体の中には、「汎銀河生命友愛協会(Pan-Galactic Friends of Life)」のような真っ当で、帝国でもかなりの影響力を持つものから、理解や解決が不可能な主張を並べ立てる先鋭過激派まであり、それらを的確に識別して丁重に扱い、最善の利益に繋げなくてはなりません。
ほとんどの港長は地元の経済や雇用を最大化しようとしていますが、経済が不安定な世界では宇宙港が雇用を奪っていると見られることもありえます。例えそれが真実ではなくとも、港務局はその懸念を払拭するためにできる限りのことをします。広報課や連絡室が公開講座や教育啓発を行って、宇宙港がどのようにして地元世界を星間経済に結び付けているかを広めることで、「地元に有害なもの」と思われていた宇宙港を少しずつでも「おらが星のもの」に変えていくのです。
そして、宇宙港は義務教育時の職場見学(や修学旅行)でよく選ばれる場所であり(※帝国宇宙港は基本的にTL12以上で運用されていますから、特に低TL世界の子供たちにとっては帝国市民として「標準的星間文明」に触れられる良い機会になります)、港務局はその幼少期の体験を大切にしています。少なくとも、港務局職員の多くが自己の職業人生の原点として挙げています。
このような広報の苦労は必ずしも報われるとは限りませんが、港長の心労を少しは減らしているのは間違いないでしょう。
上記のように、プレイヤーキャラクターが全員、港長を含めた宇宙港幹部となるシナリオ(キャンペーン)は興味深いものとなります。幹部には大きな責任と権限があり、これを利用しない手はありません。確かにその仕事のほとんど退屈なものですが、そういったものを再現するのではなく、港長を「一地方の領主」と捉えるとシナリオの焦点が見えてきます。災害の防止や初期対応、政府高官の視察、地元問題への対処は、頻発こそしないものの物語を盛り上げる要素となりえます。
そして、平凡な日常も一工夫があれば波乱に満ちたものとなります。宇宙船の定時運行は整備員が職場放棄してしまえば困難になりますし、儀礼にうるさいアスラン使節団を満足させながら悪徳記者に対処するのは腕前を試される局面です。いくら権限があってもそれは万能ではなく、能力と物資と職責の限界から来る二律背反に苦しむこともあるでしょう。宇宙港の日々は常に刺激に満ちているわけでがありませんが、面白くなる時は実に面白くなるのです。
■港内従業員
販売店や各種窓口、宿泊施設に勤務する従業員は、己がよく接する客層に応じた様々な噂や情報を見聞きしていることが多いです。特に「大人の遊び場」で働く人々は格好の情報源となりえます(港務局はあからさまな歓楽街を港内にはなかなか建設させませんが)。
■犯罪への誘惑
違法の物品をいかにして安全・確実に税関を通過させるか、犯罪者や闇の商売人たちは常に頭を悩ませています。宇宙港にいる旅客や失業した船員に「うまい話」を持ちかけるだけでなく、旅行者本人すら気付かぬうちに密輸の片棒を担がせようともします。
また、宇宙港で旅客は多額の金品を持ち歩きがちですし、普段は容易に近付けない支配階層や富裕層も出入りするので、スリや窃盗、時には(極めて異例ですが)暗殺すら行われる場所でもあります。
逆に、警察が「おとり捜査」を仕掛ける場合もあります。もし港で倉庫への侵入など「簡単で妙に美味い話」を耳にしたのなら、それは覆面捜査員から流された罠かもしれません。そして捕まれば、長期の服役を強いられるか、内通者として捜査機関に情報を提供する危険な役目を引き受けるかのどちらかです。
■ロボット
よほど低TLで運用されていない限り、宇宙港では動く歩道や小型の乗り物で人や物の移動が行われています。よくあるのは2~6人乗りの電動車両「ポートサイダー(Portsider)」で、後部コンテナに荷物を積んで運ぶ「ポートサイダー・ミュール(Portsider Mule)」や、それら客車・貨車を複数連結して牽引する「ロングサイダー(Longsider)」もあります。基本的にこれらは特定経路を走行する自動運転か、職員による手動運転です。基本的に密閉空間である港内施設では反重力化する利点が乏しいため、安価な車輪型が一般的です(もちろん構内の造りによっては反重力化した方が良い場合もありますが、その際は必ず規定された航路を走行します)。
また、旅客の手荷物を運びながら付いていくことに特化した「キャリーボット(Carrybot)」もあり、基本的には車輪型ですが、大量の荷物を空中で運べるように大型化・反重力化されたものを運用している宇宙港もあります。
他に、警備、清掃、販売、医療などの分野でも(TL次第で)ロボットが活用されていることがあるでしょう。順調に動いている時は非常に頼もしい存在ですが、故障や誤動作、そして悪意を持って意図的に操られた時は――
■はぐれ人
巨大港はもはや一つの都市ですから、当然のように行き先を見失う人も出てきます。迷子を保護すれば御礼や接点が得られるかもしれませんし、待ち合わせた相手がいつまでたっても来ないかもしれません。これぐらいなら笑い事で済ませられるかもしれませんが、では、警備責任者が勤務中に突然失踪したのなら……?
■騒乱
地元惑星で内戦が起きて難民が宇宙港に押し寄せる、テロ組織が警備の隙を突いて宇宙港を占拠する、はたまた貧富の差への怒りで「富の象徴」である宇宙港を目指して暴徒となった住民が――。このように、いくら高度な警備体制を誇る宇宙港でも、攻撃に晒されることは(極稀とはいえ)ありえます。攻撃に至らなくても、宇宙港職員の舌禍で地元住民を怒らせてしまい、宇宙港に通じる幹線道路を抗議で封鎖されるようなことも起こり得ます。
他に、地元政府が転覆して「外世界人の排除」に傾き、宇宙港および帝国との関係が一気に悪化することもありますし、宇宙港が対立する2つの種族(国家)の唯一の中立地帯であることもあるでしょう。「爆弾を仕掛けた」という情報が一つ寄せられただけでも、真偽を抜きにして様々な部署が動いて、無数の人々に影響が及ぶのは想像に難くありません。
■自然災害
宇宙港で「遭遇」するのは人だけではありません。地震、洪水、酸性雨、地滑り、竜巻、熱波、豪雪、そして恒星フレアに隕石……。宇宙には様々な自然環境があり、人の脅威になるものも様々です(地盤沈下の原因が地下を掘り進む巨大生物のせいだとしたら…?)。また、爆発事故や飛散破片衝突といった人為的な災害も起こり得ます。ただし、まともな宇宙港は何重にも冗長性と安全性を確保しているので、何千人もの犠牲者が出たり、宇宙港の存続が脅かされるようなことはまずありませんし、そもそも物語として意外と面白みがないものです。天災、人災を問わず、災害を物語に利用するための要点は、キャラクター本人だけでなく、そのキャラクターが大切にしているもの(物品や知己、愛着ある地域そのもの)を危険に晒すことです。そうでなければほとんど機能しません。
一方で、敵対し合う集団同士が悪天候で宇宙港に足止めされるなど、部外者や宇宙港職員の立場でも気まぐれな天候に振り回される物語の作り方はあります。他に、深刻な渋滞に巻き込まれたり、星系独自の祝日で思わぬ事態(店舗が全て休業するだけでも影響は甚大です)になるのも、一種の災害と言えるでしょう。
■軌道港
宇宙港には地上港と軌道港の2種類がありますが、どちらも起こりうる出来事に大差はありません。しかし、プレイヤーに飽きられないためにも軌道港ならではの要素を知っておくのは、レフリーにとって損はありません。
最もわかりやすい違いは、軌道港では巨大な宇宙船と出会えることです。大型船は基本的に非流線型のため、惑星地表への着陸が原則として不可能です。修理補修や補給のためには軌道港に寄るしかありません。ということは巨大な宇宙船を見られるだけでなく、その乗組員とも出会える可能性があるのです。彼らは零細の自由貿易商人とは違って「選ばれし者」であることを自認しており、大規模な貨物にも日常的に接しています。また、規模が大きくなることで、密航や密輸の隙も大きくなりがちです。
軍艦もその多くが大型船の範疇に含まれるので、その乗組員と接触するには軌道港や軌道上基地に出向かなくてはなりません。弩級戦艦のような特別な艦は特別な港を母港としていますが、「異例の事態」がいくらでも起こりうるのが帝国というものなので、母港ではない港に居るだけで冒険の発端や現況を示す要素として使えます。
そして軌道港の管理された脆い環境も、冒険として使えます。地上港で起こりうる災害は軌道港ではより破滅的なものとなりますし(火災一つでも深刻な事態になりえます)、悪人は環境をも人質に取ることができます。未知の生命体が大型船から軌道港に逃げ込むことだって――
■監査室が対処するもの
宇宙港を舞台にした冒険をするなら、最もやりやすいのがプレイヤーを全員「港務局監査室」の所属にしてしまうものです。監査官と班員には独立した大きな権限が与えられていますし、任務に必要な装備品も支給されます。何よりも、導入が命令型になるのでせっかく用意したシナリオを拒否される恐れがないのが利点です。
監査室の本来の仕事は諜報活動ではなく、宇宙港業務が滞りなく行われているか査閲することです。備品の数に間違いはないか、エアロックは確実に作動するか、食堂の衛生管理は適切か、職員の服務姿勢に問題はないか等々、宇宙港内部の不備不正に目を光らせ、腐敗する前に事前に摘み取るのが役目です。これらは確かに冒険にはなりそうもありませんが、たった一つの工作機械の紛失が大公暗殺計画の発端かもしれないのです。
監査官のもう一つの仕事が、宇宙港事故の鑑識調査です。火災、倒壊、衝突など、宇宙港内で重大な事故が起きた際には監査官が現場に向かい、何が起きたのか、なぜ起きたのか、どうすれば再発を防げるのかを調べます。えてして関係者は責任を他人に押し付け合いますし、法律や雇用問題といった様々なしがらみも絡んできます。そんな中で監査官は科学的に客観的に、事故の真相を突き止めていくのです。
話はずれますが、企業の「工作員」も宇宙港を活動の場としています。有名なところでは、巨大企業テュケラ運輸の警備部門である「ヴィミーン(Vemene)」が挙げられます。ヴィミーンは公的には海賊行為や乗っ取り、貨物の盗難や破壊工作を防ぐのが任務とされていますが、実際には合法・非合法を問わない手段で競合企業を潰そうとしているとの悪評は常にあります。近年ではオベルリンズ運輸との暗闘が囁かれていますが、規模では遥かに格下が相手であっても彼らに容赦はないのです。
巨大企業に限らず企業は本音では独占を好み、他社を叩こうと虎視眈々と狙っています。そのため宇宙港では(極力)秘密裏に陰謀や交戦が繰り広げられる可能性が高いのです。レフリーはこのような紛争の存在と、それがプレイヤーキャラクターがいま居る宇宙港に波及する可能性を頭の隅に置いておく必要はあります。そして「通商戦争」が宇宙港の利益に反するのであれば、監査室はそれが燃え広がる前に鎮火させないとならないのです。
(※通商戦争では交戦社以外を巻き添えにするのは禁じ手とされていますが、工作員の不注意や失敗、活動の余波などで「貰い火」を食らう可能性はあります。そのせいで宇宙港の評判が落ちては港務局は堪りません)
■宇宙港を舞台にした「挑戦」
海軍は時折、基地の保安体制を確かめるために「潜入者(スニーカー)」を雇い入れることがあります。帝国最難関の警備網を相手に腕試しをする潜入者は、宇宙船で封鎖線を破り防衛線すり抜け、基地の中枢に迫れば迫るほど報酬が増していきます。もちろん潜入者であることを示す特殊な信号は海軍から発給されていますが、身元を示す前に撃墜される恐れはあります。
(※同様のことを港務局が宇宙港で行っていても不思議ではないと思います)
近年、帝国宇宙港では「ポートクール(Portkour)」という地下運動競技が流行しています。参加者は乗り物等の移動手段を使わずに、主催者が競技開始直前に指定してくる目的地まで一着を目指して走ります。どのような「道」を進むかは参加者の自由と自己責任であり、即興で待合室や危険物倉庫や屋上を飛び跳ね、あらゆる「障害」に構わず駆け抜けていくのです。もちろん港務局がこんな迷惑な競技を認める訳もなく、捕まれば厳しい罰を受けることとなります。
もし貴方がこの開催情報を知ったら、誰かの勝ちに賭けますか、港務局に通報しますか、それとも自ら参加者となって賞金を掴もうとしますか…?
【参考文献】
・GURPS Traveller: Starports (Steve Jackson Games)
・Starports (Mongoose Publishing)
・Referees Briefing 3: Going Portside (Mongoose Publishing)